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【初心者向け】スペシャルティコーヒーの品質の見分け方



スペシャルティコーヒーの品質の見分け方

はじめに:スペシャルティコーヒーの世界へようこそ!

「スペシャルティコーヒー」という言葉を耳にする機会が増えましたが、「具体的にどんなコーヒーなの?」「普通のコーヒーと何が違うの?」と疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。

スペシャルティコーヒーの魅力は、単に「美味しい」だけにとどまりません。それは、一杯のカップに込められた生産者の情熱、地球環境への配慮、そして何よりも「唯一無二の風味体験」を追求する、奥深い世界への扉なのです。

このブログでは、コーヒー初心者の方でもスペシャルティコーヒーの「格付け」と「品質」をしっかりと理解し、その豊かな世界を存分に楽しめるようになるためのポイントをご紹介します。


スペシャルティコーヒーとは?「From Seed to Cup」の考え方と一般的なコーヒーとの決定的な違い

スペシャルティコーヒーは、1970年代にアメリカで生まれた「特別な気象・地理条件が生み出す、個性的な風味を持つコーヒー」を指す言葉です。この概念は、より美味しいコーヒーを世界中で追求するムーブメントとして発展してきました。その中心にあるのが、SCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)などが提唱する「From Seed to Cup(種子からカップまで)」という考え方です。これは、コーヒー豆の栽培から収穫、生産処理、選別、輸送、保管、焙煎、そして抽出に至るまで、すべての工程で一貫した品質管理が徹底されていることを意味します。

一般的なコーヒー(コモディティコーヒー)が「欠点がないこと」を主な基準とするのに対し、スペシャルティコーヒーは「カップの中の素晴らしい美味しさ」を重視するポジティブな評価方法を採用しています。これは、コーヒーが持つ風味や個性を最大限に引き出すことを目指すアプローチです。スペシャルティコーヒーは、世界で流通するコーヒー豆全体のわずか5%程度しかない、大変希少な存在と言われています。


なぜ「From Seed to Cup」は単なる品質管理を超えた考え方なのか?

「From Seed to Cup」の徹底は、単にコーヒーの品質を高めるだけでなく、その品質に見合った「適正な価格」が生産者に支払われる仕組みを支えています。これにより、「良いものを作れば正当に評価される」という好循環が生まれ、生産者はさらなる品質向上への投資が可能になります。これは、かつての大量生産・低価格化により生産者の生活が困窮し、結果として品質低下を招いた歴史への反省から生まれた、持続可能なコーヒー産業の基盤となる考え方です。消費者がスペシャルティコーヒーを選ぶことは、この好循環を支えることにも繋がるのです。

トレーサビリティ(生産履歴の追跡可能性)の明確化も、「From Seed to Cup」の重要な側面です。これにより、消費者は「どこの農園で、誰が、どのように作ったのか」といった情報を詳しく知ることができます。これはコーヒーの安全性への信頼だけでなく、生産者の顔やストーリーに触れることで、一杯のコーヒーにより深い共感と価値を感じさせてくれます。単なる嗜好品を超え、遠い国の生産者との「つながり」を体験できるのも、スペシャルティコーヒーならではの魅力と言えるでしょう。

さらに、「サステナビリティ(持続可能性)」も「From Seed to Cup」を支えるもう一つの柱です。これは、質の高いコーヒーを安定的に生産し続けるために、生産現場において環境問題、社会問題、経済問題に配慮することを意味します。気候変動によりコーヒー生産に適した土地が減少する可能性(いわゆる「2050年問題」として、高品質なコーヒーの生産適地が半減すると予測されています)といった喫緊の課題に直面する中で、スペシャルティコーヒーを選ぶことは、生産者の生活支援だけでなく、SDGs(持続可能な開発目標。特に目標1「貧困をなくそう」、目標12「つくる責任 つかう責任」)にも貢献するという、より大きな意味を持っています。


スペシャルティコーヒーの「格付け」の核心:80点以上のその先へ

スペシャルティコーヒーの品質は、SCA(Specialty Coffee Association)やSCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)が定める厳格なカッピング評価基準に基づいて採点されます。「Qグレーダー」と呼ばれる専門家が100点満点で評価し、総合得点が80点以上であれば「スペシャルティコーヒー」として認定されます。SCAカッピング基準では、80点以上85点未満を「スペシャルティグレード」、85点以上90点未満を「スペシャルティ・オリジン」、90点以上を「スペシャルティ・レア」と格付けしています。特に88点以上は「トップオブトップ」と称され、最高品質の証とされています。


SCA/SCAJカッピング評価基準の主要な7つの要素

カッピングでは、実際にコーヒーとして提供される状況に近い状態で評価するため、焙煎度合い、粉の挽き目、お湯の温度、お湯と粉の比率などが細かく定められています。主な評価項目は以下の通りです。

  • クリーンカップ (Clean Cup): 風味に「汚れ」や「欠点・瑕疵」が全くないこと。コーヒーの栽培地の特性(テロワール)が明確に表現されるための「透明性」が不可欠です。風味に欠点があると、テロワールの個性が隠れてしまい、本来の風味を感じにくくなります。

  • 甘さ (Sweetness): コーヒーチェリーが収穫された時点での熟度や均一さに関連する甘みの感覚。単純な糖分の高さだけでなく、他の風味(強すぎる苦味や渋味、刺激的な酸味など)とのバランスの中で心地よい甘さが感じられるかが重要です。良質な酸味は甘みにも繋がると言われています。

  • 酸味の特徴評価 (Acidity Characteristics): 酸味の「強さ」ではなく、「質」が重要視されます。明るく爽やか、または繊細な酸味は、コーヒーに生き生きとした印象や繊細さ、しっかりとした骨格をもたらす「良い質」の酸味として高く評価されます。不快な酸味や劣化した酸味は認められません。

  • 口に含んだ質感 (Mouthfeel/Body): コーヒーを口に含んだ時に感じる触覚。粘り気、密度、濃さ、重さ、舌触りの滑らかさ、収斂性(しゅうれんせい:渋みなど)の感覚などが含まれます。いわゆる「コク」のことで、酸味と並んでコーヒーの味わいを構成する上で重要な要素です。

  • 風味特性・風味のプロフィール (Flavor Characteristics/Flavor Profile): 味覚と嗅覚の組み合わせで、栽培地の地域特性(テロワール)がどれだけ正しく表現されているかが最も重要な評価項目です。理想的な栽培から収穫、生産処理、保管、焙煎、抽出が行われれば、テロワールがカップの中で明確に表現されると考えられています。

  • 後味の印象度 (Aftertaste): コーヒーを飲み込んだ後に持続する風味の印象。口に残るコーヒー感が心地よい甘さとして消えていくか、あるいは刺激的な嫌な感覚が残らないかが評価されます。

  • バランス (Balance): コーヒーの風味が調和が取れているか、何か突出するものはないか、何か欠けているものはないかが評価されます。どれか一つの要素が強すぎたり、逆に何かが足りなかったりすることなく、全体として調和が取れていて初めて心地よいバランスと評価されます。

【表1:SCA/SCAJカッピング評価基準の7つの主要要素】

評価項目

意味とカップへの影響

クリーンカップ

風味に不快な「汚れ」や「欠点」が全くないこと。これが担保されて初めて、コーヒー本来の複雑な風味や産地特性が明確に感じられます。

甘さ

コーヒーチェリーの熟度からくる自然な甘さの感覚。他の風味との調和の中で、心地よい甘みが感じられるかが重要です。

酸味の特徴評価

酸の「質」が重要。明るく爽やか、または繊細で生き生きとした印象を与える酸味は、コーヒーの個性を際立たせます。不快な酸味は評価されません。

口に含んだ質感

口に含んだ時の触覚。粘り気、密度、濃さ、重さ、舌触りの滑らかさなど。心地よい質感は、コーヒー全体の印象を向上させます。

風味特性・風味のプロフィール

味覚と嗅覚で感じる、そのコーヒーならではの個性。栽培地の地域特性(テロワール)がカップの中でどれだけ表現されているかが最も重要です。

後味の印象度

飲み込んだ後に口に残る余韻の質。甘さの感覚で心地よく消えていくか、不快な刺激が残らないかが評価されます。

バランス

各風味要素(香り、酸味、甘さ、質感、風味特性、後味)が互いに調和し、突出したり欠けたりすることなく、一体感のある味わいを生み出しているか。

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この表は、初心者の方には少し複雑に感じられるかもしれないカッピングの評価項目を、一目で理解できるようにまとめたものです。各項目が「何を意味し、カップの風味にどう影響するのか」を明確にすることで、コーヒーを味わう際の具体的な視点が見えてくるでしょう。単に「80点以上」という数字だけでなく、その点数がどのように構成されているかを理解する手がかりになります。例えば、「クリーンカップ」が「風味の透明性」に直結するということは、後述する「欠点豆の除去」の重要性をより深く認識する上で基礎となります。また、「バランス」の項目は、個々の要素が優れていても、それらが調和していなければ高い評価には繋がらないという、スペシャルティコーヒーの「総合芸術」としての一面を伝えています。これは、単に要素を並べるのではなく、それらの相互作用が最終的な「素晴らしい美味しさ」を形作るという、より深い理解へと繋がるはずです。


点数だけでは語れないコーヒーの「真の価値」とは?CVA(Coffee Value Assessment)の視点

スペシャルティコーヒーの普及において、「カッピングスコア80点以上」という明確な基準は、品質向上に大きく貢献しました。生産者、ロースター、バリスタが共通の「ものさし」を持つことで、世界的な品質競争と市場の拡大が実現したのです。

しかし、この点数評価には限界もありました。例えば、同じ80点のコーヒーでも、その香味や背景にあるストーリーは大きく異なりますが、点数だけではその違いが消費者に伝わりにくいという課題がありました。また、どれだけ丁寧に作られていても、点数に直結しにくい環境配慮や地域貢献といった現代的な価値が、十分に評価されにくいという側面もありました。さらに、高得点のコーヒーが必ずしもすべての消費者の好みに合うとは限らず、「点数=必ずしも万人の美味しさ」ではないという声も聞かれるようになりました。

コーヒー産業は現在、気候変動(2050年には高品質コーヒーの生産適地が半減するという予測もあります)、生産コストの上昇、生産者の高齢化など、様々な課題に直面しています。消費者の価値観も変化し、「どこで、誰が、どんな想いで作ったコーヒーなのか」「環境や社会に配慮されているか」といった情報が、コーヒー選びの重要な基準となりつつあります。

こうした背景から、SCAは点数評価だけに頼るのではなく、多様な価値を評価するための新しい枠組みとして「CVA(Coffee Value Assessment)」を開発しました。CVAは、従来の「点数」だけでは測れなかった価値を「見える化」する試みです。具体的には、以下の3つの評価軸で構成されます。

  1. 記述的評価 (Descriptive Evaluation/感覚的記述評価): コーヒーの個性や特徴を具体的な言葉で表現します。

  2. 情動的評価 (Affective Evaluation/感情的評価): 飲み手の好みや主観的な印象を反映します。

  3. 情報的属性 (Informational/外部的要因評価): 生産背景やストーリー、環境配慮といった外部的な要因も評価に含めます。

これにより、同じ点数のコーヒーでも、その個性や強み、作り手の想いまでが消費者に伝えやすくなることが期待されます。CVAは、より公正で持続可能なコーヒー産業を支えるための、新しい評価基準と言えるでしょう。なお、CVAの評価が正しく機能するためには、サンプルの準備(豆の選別・焙煎・抽出条件の統一など)が公式プロトコルとして厳格に定められており、物理的な品質(欠点豆の有無や水分値など)もサブ項目として記録され、評価の信頼性と一貫性を支えています。


「品質」を見極める実践ガイド:初心者でもできるチェックポイント

実際にスペシャルティコーヒーを選ぶ際、どのような点に注目すれば良いのでしょうか?プロの視点を取り入れつつ、初心者の方でも実践できる品質の見分け方をご紹介します。


豆の見た目からわかる品質:欠点豆と焙煎の均一性

  • 欠点豆の種類と、なぜそれらが風味を損なうのか スペシャルティコーヒーは、欠点豆の混入が極めて少ないことが条件の一つです。欠点豆とは、形状が悪い豆、虫食い豆、カビが生えた豆、未成熟な豆など、コーヒーの品質を損なう不完全な豆のことです。これらの豆が混ざると、抽出されたコーヒーに不快な風味(例えば、虫食い豆は苦味や異臭、黒豆は強い苦味と焦げた風味、発酵豆は過度な酸味や酸っぱい匂い、カビ豆は不快なカビ臭や土臭さなど)が加わり、全体の品質を大きく損なう原因となります。

    欠点豆が混入すると、その不快な風味がコーヒー本来の「テロワール(栽培地の地域特性)」や「風味のプロフィール」を覆い隠してしまいます。これは、スペシャルティコーヒーならではの素晴らしい風味が損なわれるということです。つまり、欠点豆の除去(ハンドピック)は、単に「悪い味を取り除く」だけでなく、スペシャルティコーヒーの最も重要な価値である「クリーンなカップ」と「産地特性の表現」を可能にするための「欠かせない土台」なのです。この選別作業は大変な労力を伴いますが、生産者からバリスタまで、すべての段階で徹底される重要な工程です。

【表2:主要な欠点豆の種類と風味への影響】

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この表は、初心者の方には見分けにくい欠点豆について、具体的な見た目の特徴と、それらがもたらす風味への悪影響をセットで示しています。実際に豆を手に取った際に、品質を判断する手助けとなるでしょう。欠点豆がなぜ「クリーンカップ」を損なうのか、その具体的な理由をこの表で視覚的に理解できます。例えば、「カビ豆」が「カビ臭」をもたらすことは直感的ですが、「未成熟豆」が「青臭さ」に繋がるという情報は、豆の成長段階が風味に影響することを教えてくれます。これは、コーヒーの品質が「From Seed」の段階から始まっていることを再認識させてくれ、欠点豆の除去がいかに重要であるかを強調しています。この知識は、消費者がより意識的にコーヒー豆を選ぶきっかけにもなるはずです。


  • 焙煎度合いの基礎知識と、焙煎ムラが味に与える影響 焙煎は、コーヒー豆の風味を最大限に引き出すための重要な工程です。焙煎度合いは、豆の表面の「色」(明るいシナモン色から黒に近い色まで様々です)や、焙煎中に豆がパチパチと弾ける「ハゼ」の音(1ハゼ、2ハゼと呼ばれます)などで判断されます。一般的に、浅煎りでは酸味やフルーティーなフレーバーが際立ちやすく、深煎りでは苦味やコク、香ばしさ、甘みが強くなる傾向があります。

    豆の焙煎が均一でない「焙煎ムラ」は、生焼けや焦げた風味、雑味の原因となり、クリーンな味わいを損なうことがあります。これは、豆に均等に火が通らず、焙煎にばらつきが生じやすいためです。ただし、ごくわずかな焙煎の濃淡が、かえって味わいに複雑さや奥行きを与えるという意見もあります。

    焙煎は単に豆を焼くだけでなく、豆が持つ本来の風味特性(テロワール)を最大限に引き出すための、いわば「技術と経験が問われる作業」です。適切な焙煎度合いは、豆の品種や生産処理方法、そして最終的にどのような風味を引き出したいかによって異なります。例えば、高品質なスペシャルティコーヒーの繊細な酸味やフレーバーを際立たせるためには、浅煎りが選ばれることが多いです。焙煎士は、メイラード反応(糖とアミノ酸が反応して褐色物質や香ばしい香りが生まれる化学反応)やカラメル化といった変化を理解し、豆の最適な状態を「目(視覚)・鼻(嗅覚)・耳(聴覚)」を研ぎ澄ませて見極めていきます。焙煎の失敗(生焼け、焦げ、風味成分の未発達、燻り臭など)は、豆の持つポテンシャルを損なってしまうため、熟練の技術が求められます。

  • 鮮度を見極めるヒント(焙煎日と豆の膨らみ) コーヒー豆の鮮度は、焙煎されてからの日数に大きく影響されます。一般的に、焙煎後2〜3週間以内が最も風味が豊かで美味しいと言われています。信頼できる専門店やロースターでは、焙煎日が明記されていることが多く、これが鮮度を見極める上で最も重要な情報となります。パッケージに記載されているのがパッキング日で、焙煎日と異なる場合もあるため、焙煎日を確認するようにしましょう。

    ハンドドリップでお湯を注いだ際に、コーヒー粉がふっくらと大きく膨らむのは、新鮮な豆が炭酸ガスを多く含んでいる証拠と言えます。ただし、「お湯を注いだ時に豆が膨らむほど新鮮で良いコーヒーだ」という認識は、特に浅煎りのスペシャルティコーヒーの場合、抽出方法によっては必ずしも美味しさに直結しない場合があるため、一概には言えない点に注意しましょう。

    焙煎日は単なる日付ではなく、コーヒーの「風味の寿命」を示していると言えるでしょう。時間が経つと、コーヒーの香りは薄れ、味わいも平坦になる傾向があります。特にスペシャルティコーヒーは繊細なフレーバーが失われやすいため、鮮度が非常に重要になります。また、鮮度は抽出時のガスの発生量にも影響し、抽出の安定性や風味の再現性にも関わってきます。多くのプロは、「焙煎直後が一番美味しい」というわけではなく、適切な「エイジング期間」(焙煎後数日〜1週間程度で風味が安定する期間)があることを指摘しています。長期保存する場合には冷凍が最も有効で、香りを閉じ込めるために冷たいまま挽くのがコツとされています。空気による酸化や乾燥、そして温度変化がコーヒー豆の劣化の主な原因となるため、密閉できる容器に入れて冷暗所で保存することが推奨されます。


風味の個性を生み出す魔法:生産処理方法の多様性

コーヒーチェリーから生豆(なままめ・きまめ)を取り出す「生産処理方法」は、コーヒーの風味に大きな影響を与えます。

  • ナチュラル (Natural / 乾燥式): 収穫したコーヒーチェリーを、果肉や果皮を付けたまま乾燥させる方法です。乾燥の間に果肉の糖分などが豆に浸透するため、強い甘みとフルーティーな風味が特徴的です。主に水資源が限られている地域で伝統的に行われています。

  • ウォッシュド (Washed / 水洗式): 果肉と果皮を除去した後、ミューシレージと呼ばれる粘液質を発酵させたり、水で洗い流したりして取り除く方法です。クリーンで酸味が際立ち、すっきりとした味わいが特徴で、品質が安定しやすいと言われています。

  • ハニープロセス (Honey Process / パルプド・ナチュラル): 果肉と果皮を除去した後、ミューシレージの一部を残したまま乾燥させる方法です。ウォッシュドのクリーンさとナチュラルの甘さ・コクを併せ持つような風味になりやすいです。残すミューシレージの量によって「イエローハニー」「レッドハニー」「ブラックハニー」などと呼ばれ、風味の傾向も変わります。水の使用量が比較的少ないため、近年では環境負荷の観点からも注目されています。


コーヒーの未来を拓く革新的プロセス!アナエロビック、カーボニックマセレーション、インフューズド

近年、スペシャルティコーヒーの世界では、ワイン製造の技術などを応用した革新的な生産処理方法が注目を集めています。これらは、従来のプロセスでは得られなかった、驚くほどユニークで複雑な風味プロファイルを生み出すことがあります。

  • アナエロビックファーメンテーション (Anaerobic Fermentation): 酸素を遮断した密閉環境下でコーヒーチェリーを発酵させる方法です。微生物の働きをコントロールすることで、強烈な甘みや、ワイン、リキュール、ベリー系のような独特のフレーバーが際立つ傾向があります。

  • カーボニックマセレーション (Carbonic Maceration / CM): アナエロビックの一種で、ワインのボジョレー・ヌーヴォーの製法から着想を得ています。密閉容器にコーヒーチェリーをそのまま入れ、二酸化炭素(CO2)を充填して発酵を促します。これにより、果実内部で細胞内発酵が進み、キャンディーのような甘さ、リンゴ酸を思わせる心地よい酸味、イチゴ、ラズベリー、ピーチ、マンゴー、パッションフルーツといったトロピカルな印象、紅茶やワインのような香りなど、鮮烈で記憶に残る風味が生まれることがあります。温度や湿度などを細かくコントロールすることで、狙ったフレーバーを設計しやすいのが大きな特徴と言えるでしょう。

  • インフューズド (Infused): コーヒーチェリーを、フルーツ、スパイス、ハーブといった他の材料と一緒に発酵させる革新的な方法です。コーヒー豆に直接材料を接触させる場合や、密閉空間で香りだけを移す方法などがあります。これにより、通常のコーヒーにはない、加えられた材料の風味特性を持つ、複雑でユニークな風味の層が生まれる可能性があります。

これらの革新的な処理方法は、コーヒーが持つ風味の「可能性」を大きく広げるものです。従来の処理方法が「豆本来の特性を最大限に引き出す」ことに主眼を置いていたのに対し、これらの方法は「意図的に新しい風味を創造する」という側面が強いと言えます。特にCMは「狙って設計する発酵」とも言われ、風味の多様化と複雑化を加速させています。これにより、消費者はこれまでにない「驚きの体験」を得ることができ、スペシャルティコーヒー市場のさらなる活性化に繋がることが期待されます。一方で、インフューズドコーヒーについては、その透明性や倫理的な側面(何が添加されているかなど)に関する議論もあり、消費者が情報を正しく理解することの重要性も示唆していると言えるでしょう。

【表3:主要な生産処理方法と風味の特徴】

生産処理方法

特徴

風味の傾向

ナチュラル

果肉・果皮を付けたまま乾燥

強い甘み、ベリー系などのフルーティーな風味、複雑さ。時にワイルドな印象。

ウォッシュド

果肉・果皮を除去し、ミューシレージを水洗・発酵で除去

クリーンでクリアな酸味、すっきりとした味わい、安定した品質。

ハニープロセス

果肉・果皮を除去し、ミューシレージの一部を残して乾燥

ナチュラルの甘さとウォッシュドのクリーンさを両立。ほどよい甘みとコク。

アナエロビック

酸素を遮断した密閉環境で発酵

強烈な甘み、ワイン、リキュール、ベリー系など独特のフレーバー。酸味が際立つことも。

カーボニックマセレーション (CM)

CO2を導入した密閉容器で発酵(ワイン製法応用)

キャンディーのような甘さ、リンゴ酸、トロピカルフルーツ、紅茶、ワインのような鮮烈な風味。狙った風味を設計しやすい。

インフューズド

別の材料(フルーツ、スパイスなど)と一緒に発酵

追加材料の風味特性を持つユニークなプロファイル。通常のコーヒーにはない複雑な風味層が生まれることも。

この表は、コーヒーの風味に大きな影響を与える生産処理方法を体系的に整理し、それぞれの特徴と風味の傾向を分かりやすく示したものです。特に、初心者の方には馴染みの薄いかもしれない革新的な処理方法(アナエロビック、CM、インフューズド)を既存の処理方法と並べて示すことで、風味の多様性の広がりを理解しやすくなるでしょう。この表を見ることで、同じ豆でも処理方法が異なれば、全く異なる風味プロファイルが生まれることを直感的に理解できます。例えば、ナチュラルが「強い甘み」を、ウォッシュドが「クリーンな酸味」をもたらす理由を、処理工程の違いから推測できるようになります。さらに、CMやインフューズドが「狙った風味」や「ユニークな風味層」を生み出すという説明は、コーヒーの風味創造における「人間の工夫」の進化を示唆し、コーヒーの奥深さへの興味を一層掻き立てるきっかけになるでしょう。


「顔が見える」コーヒーの安心感:トレーサビリティとストーリーの重要性

スペシャルティコーヒーを選ぶ上で、生産地情報(国、地域、農園、品種、標高など)が明確であることは、非常に重要なポイントです。

  • 生産地情報が教えてくれること:

    • テロワール: 標高が高く昼夜の寒暖差が大きい環境は、引き締まった酸味のコーヒーを生み出す傾向があるなど、生産地の気候や土壌(これらを総称して「テロワール」と呼びます)がコーヒーの風味特性に大きく影響を与えると言われています。

    • 品種特性: アラビカ種の中でも、ゲイシャやティピカなど、品種によって固有の風味特性があります。

    • 生産者の努力: 生産者名が明記されていることで、その農園がどのようなこだわりを持ってコーヒーを栽培しているのか、その努力を想像する手がかりになります。

トレーサビリティの明確さは、消費者が「安心して」コーヒーを楽しめるだけでなく、生産者への「信頼感」と「共感」を深めることにつながります。スペシャルティコーヒーを選ぶことは、適正な価格を通じて生産者の生活を支援し、彼らがより良い設備投資を行い、高品質な豆を生産し続けるモチベーションに繋がるのです。また、環境に配慮した栽培方法や、気候変動への対策(例えば、病害虫の増加への対応など)といった、持続可能性への取り組みを支援することにもなります。コーヒーの背景にあるストーリーを知ることは、その一杯を単なる飲み物以上の価値ある体験へと昇華させてくれるでしょう。


自宅で実践!スペシャルティコーヒーのテイスティング入門

スペシャルティコーヒーの奥深さを知るには、実際に自分で味わってみることが一番です。プロのカッピングを参考に、五感を研ぎ澄ましてコーヒーの風味を「解読」する方法を学んでみましょう。


プロのカッピングを参考に、五感を研ぎ澄ます4ステップ

プロのカッピングは、コーヒーの品質を客観的に評価するために行われますが、そのプロセスは自宅でのテイスティングにも応用できます。

  1. ステップ1:香りを嗅ぐ (Smell) コーヒーを淹れる前に、まず挽いた粉の香り(フレグランス)を深く嗅いでみましょう。次に、お湯を注いだ後の液面(クラスト)から立ち上る香り(アロマ)も確認します。さらに、クラストをスプーンで優しく壊した時に一気に立ち上る香り(ブレイク)も感じ取ってみましょう。鼻は口よりもはるかに多くの香りを識別できると言われています。チョコレート、ナッツ、スパイス、花、柑橘系など、どんな香りがするか自由に言葉にしてみましょう。

  2. ステップ2:すする (Slurp) カッピングスプーン(なければ普通の大きめのスプーンでも可)でコーヒーを少量すくい、思い切って「ズズッ」と音を立ててすすってみましょう。こうすることで、コーヒーが霧状になり、舌だけでなく口の中全体(口蓋など)に広がり、鼻腔にも香りが抜けるため、繊細な味や香りをより強く感じることができます。

  3. ステップ3:口当たりを確認する (Locate/Body) 口の中でコーヒーがどのように感じるか、その「質感(ボディ)」に意識を集中します。軽い飲み心地か、重厚感があるか、なめらかか、クリーミーか。舌のどの部分で甘味、酸味、苦味などを感じるかも意識してみましょう。

  4. ステップ4:感覚を表現する (Express) これまでのステップで感じた香り、風味、口当たり、酸味、甘さなどを、自分の言葉で表現してみましょう。他の食べ物や飲み物に例えてみるのも良い方法です。



風味を言葉にするためのヒント(フレーバーホイールの活用、具体的な表現例)

コーヒーの風味表現は多岐にわたりますが、最初は難しく感じるかもしれません。SCAなどが作成しているコーヒーの風味を分類するための「フレーバーホイール」を参照すると、具体的な言葉を見つける手助けとなるでしょう。例えば、酸味はレモン(黄色く明るい酸)やベリー(赤く熟したような酸)などに例えられます。

  • 具体的な表現例:

    • 香り: フローラル(ジャスミン、バラ)、フルーティー(ベリー、柑橘、トロピカルフルーツ)、ナッツ(アーモンド、ヘーゼルナッツ)、チョコレート(ミルクチョコレート、ダークチョコレート)、スパイス(シナモン、クローブ)、大地のような香り、トーストのような香ばしさ。

    • 酸味: 明るい、爽やか、生き生きとした、ジューシー、ワインのような、レモンのような、ベリーのような、リンゴのような。

    • コク (ボディ): 軽い、すっきり、なめらか、クリーミー、重厚感がある、シルクのような。

    • 風味: 全体的な味わいを表し、シトラス、ココア、ベリー類、キャラメル、ハーブなど、感じたことを自由に表現します。

まずは、購入したコーヒーのパッケージやウェブサイトに記載されている「テイスティングノート(風味の説明)」を参考に、その風味を実際に自分の感覚で確かめてみることから始めるのがおすすめです。


テイスティングの「落とし穴」と、より深く味わうためのコツ

テイスティングをより効果的に行うために、いくつかの注意点とコツがあります。

  • 落とし穴1:冷たい水で味覚を鈍らせる コーヒーの飲み比べの際に、氷の入った冷たい水を飲むと、味覚が鈍感になってしまうことがあります。舌をニュートラルな状態にするためには、常温の水で口をすすぐのが良いでしょう。

  • 落とし穴2:抽出の終盤まで抽出しすぎる ドリップコーヒーなどの場合、抽出の終盤に出てくる成分には、不快な苦味、雑味、渋みが多く含まれることがあります。これらを抽出しすぎると、せっかくのスペシャルティコーヒーの良質な酸味や甘さが感じにくくなることがあります。抽出時間や方法を意識することで、よりクリーンで甘さのあるコーヒーを引き出すことができます。「中心だけに注ぐのが良い」「端までかけるのが悪い」といった単純な話ではなく、豆の特性や焙煎度合いによって最適な抽出方法が異なることを理解することが重要になります。

  • 落とし穴3:温度変化による風味の変化を見逃す コーヒーは温度によって風味が変化します。熱すぎると味が分かりにくかったり、逆に「温かい」というだけで無条件に美味しいと感じてしまうこともあります。少し冷めていく過程での風味の変化も意識して味わってみましょう。甘みが増したり、隠れていたフルーティーさが顔を出したりすることがあります。


自宅でのテイスティングは、単にコーヒーの風味を識別するだけでなく、自身の五感を研ぎ澄まし、コーヒーの複雑さをより深く理解するための「感覚トレーニング」です。これは、初心者の方でもコーヒーのプロフェッショナルが持つような繊細な感覚に近づくための具体的なステップであり、コーヒーを飲む行為を「習慣」から「探求」へと昇華させてくれるでしょう。


おわりに:スペシャルティコーヒーが広げる豊かなコーヒーライフ

スペシャルティコーヒーの「格付け」と「品質」を深く知ることは、単にコーヒーの知識が増えるだけでなく、あなたのコーヒーライフをより豊かで意味深いものに変えてくれるでしょう。

一杯のコーヒーが持つ多様な風味の奥深さに気づき、五感を研ぎ澄ます喜び。 遠い生産地の風景や、生産者の情熱に思いを馳せる共感。 そして、持続可能な未来に貢献する消費行動への意識。

これら全てが、スペシャルティコーヒーが私たちにもたらす価値と言えるでしょう。ぜひ、今日からあなたも「点数」のその先にあるコーヒーの「真の価値」を探求し、自分だけのお気に入りの一杯を見つける旅に出てみませんか。あなたのコーヒーライフが、さらに楽しく、そして豊かなものになることを願っています。

 
 
 

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